「はりえさん、津久井やまゆり園事件(2016.7.26)って覚えています?」
「覚えてるよ、悲惨な事件だったよね。」
「その事件の容疑者である植松聖死刑囚(32)側が横浜地裁へ再審請求したことが、話題になっているのはご存じですか?」
「事件は知っているけど、話題になったのは知らないね。まだ判決が決まらないのかい?」
「裁判って時間がかかるものですからね・・・。」
「おらの姉も、障がい者なんだよ。いいばあちゃんになって今も生きてるけどさ、どうも他人事には思えない話だと思って聞いていたよ。」
「そうだったんですか・・・。植松死刑因の行動・考え方に一部賛同する方もいるそうですからね。」
「テレビで、『人を殺してはいけないと法律には書いていない』ってやってたわ。」
「私にそんな話されても・・・。法律の専門家ではないのでよくわかりませんが、殺すことも容認していないと思いますよ?正当防衛の時もあるからじゃないですか?正確に書かないのは。極端な判断を避けるためなんでしょうね。」
「でも、『生きるに値しない生命はあるのか』という問題を突きつけられた事件でもありましたよね。」
「おらは、姉のことが今も好きだし、姉がこんな風に殺されればその犯人を殺してやりたい・・・、いや殺すだろうね・・・。でも、小さい頃から今に至るまでも、私は姉に一番厳しい家族なんじゃないかと思ってるよ。」
「小さい頃から姉は、親戚の中でも特別視されていてね。本人ができることなのに、物を運ばせない、歩くときに無駄に手を貸すなど、おらからすれば過保護に関わる親戚がいてね。親戚からすれば何もしない妹さんとして、おらは映っているんじゃないかな。」
「ご本人さんは自分で何でもできるんですね?」
「そりゃ危なっかしく映るかもしれないけど、おらから見れば手を貸すほどじゃないと思ってるよ。現に一緒には暮らしていないし。その特別視がいやだったんだよ。姉個人には恨みも何もない」
「私には、兄妹がいないので、姉の存在ってどんなものか全然わかりませんね。でも、はりえさんが、お姉さんのことを好きだということは伝わってきますよ。」
「そりゃそうさ、おらの大事な姉だよ。LINEのやり取りが長くていやになることはあるけど。」
「私が福祉の業界に入るか入らないかの頃に『あなたは私の手になれますか―心地よいケアを受けるために』という小山内美智子さんの本が話題になったんですよ。ケアをする身としては、必読書とされたくらいの本でした。その本のことを思い出していたんですが、はりえさんはご存じですか?」
「当時話題だったね。姉の友達や職場仲間でも、絶賛していたと聞いているよ。でもおらは、その本のタイトルがどうも好きじゃなかったんだ。」
「どうして、そこまで偉そうな言い方になるのかと。『すみません、やってください』と、へりくだれと言ってるわけじゃないけど、横柄なものの言い方に聞こえてね。」
「当時そんなこと言ったら、大パッシングだったでしょうね。でもそれだけ、お姉さんと生まれたときから向き合っていた、はりえさんだから言える言葉なのかもしれませんね。」
「私のような福祉に関わる者は、障がい者の社会生活で生じる『障害』は、社会が責任をもって対応するものだと教わるので、到底そのような考えには及びませんよ。」
「その本が売り出された頃は、まだ障害者総合支援法などが成立する前の時代で、地方の人里離れたところの大きな施設で障がい者は生活をしていましたよね。人が多く住む地域で、グループホームという小人数が集まって共同生活する仕組みが、クローズアップされ始めた頃でもあるんですよ。」
「大体、地域ってなんなの?」
「え?コミュニティという共同体というか、社会共同体のことでして・・・。」
「わかりにくいね。」
「とにかく、一般的な人と共に生活することが、障がい者の大きな目標だった時代なんですよ。」
「となれば、この事件の被害者になった人たちは、施設に入っていたんだから、障がい者でも障がいの重い人たちだったということかい?」
「そうですね、そういうことになりますね。」
「私も覚えているよ、昔は姉の友達などを施設に預けたままの親のことを『子どもの預けっぱなし』なんて言われたことがあるんだよ。」
「施設に預けっぱなしでもダメということなんですか?施設にいることが絶対の幸せだとはいえませんが、親元にいることが幸せだともいえないのでは?親と施設でその子(障がい者)を押し付けあってるようにも聞こえますね。本人の意志がないようにも映りますよね。」
「本人が選べて、決められるといいんだけどね。その意思が上手く表せない子もいるんだよね。なんだかこんな話をしていると、この死刑因の人と同じことを考えているみたいでいやになるね。」
「この人間社会って、色々成長はしていると思いますが、まだまだ機能不全だと思うんですよね。もっとみんなが幸せになれる仕組みが生み出されていくと思っています。」
「さっきの話じゃないけど、命や人の生活はそんなに極端に決めなくてもいいと思うんだよ、おらも。」