「一昨年の話なんですが、父が体調を崩した時の話です。」
「父は、コロナワクチンの関係ですぐ入院がかなわず、立ち上がりが不安定なため、特養のショートステイを利用することになったんです。」
「父は、病状が安定していない状態だから、立ち上がりが安定しなかったんですが、その施設職員はリハビリと言って、トイレでも一人で立ち上がりをさせたそうです。」
「そのことに父はカンカンでしたが、コロナの関係ですぐには施設を出すこともできないし、入院先に空きができるのを待つしかなかった、ということがあったんです。」
「なんだいそれ、お父さん調子悪かったんだろ?冷たいねー。そんな施設?職員のいるような施設なんて入れたくないね。」
「?ヌーソさん、なんだい顔をしかめて?」
「いやー、私が介護員で父のような人が入ってきたら、私も一人で立つように声がけしていたかなーと。もちろん、病状が安定していないと聞いていたらやりませんよ。ただ、診断がでていなかったしなー・・・。」
「それでも、施設職員がそのような声がけをする背景には、『この人(今回なら父)甘えているんじゃないか』と考えてしまう、ごくごく一般人的な思考があると思うんですよ。」
「なんでも甘えだと考えるのかい?いじめと紙一重のような話だね。」
「厳しいな・・・」
「私たちは親に『人には親切にしなさい』なんて習ってきたはずなのに、どうしてこう『甘え』だと感じる人には厳しくするんでしょうね。」
「それとこれとは違うと思うよ。親切って、親切なことをしたという、ただの自己満足だろうさ。人によっては(受け側は)親切と思わないことだって多々あるじゃない。相手はいい迷惑と思うかもしれないんだよ。『小さな親切、余計なお世話』ってよく言うじゃない。」
「なるほど、親切は相手次第だと。では視点を変えて、人に甘えることは悪いことなんでしょうか?」
「悪いことではないね。誰しも人に甘えるようなことはあるだろうさ。」
「父の話を例に挙げれば、介護の世界において、利用者自身ができることは自分でやってもらう。残存能力をいかす、ただの介助ではなく、人を護る『介護』をしろと習うもんなんですよ。」
「なんだかかっこいいように聞こえるけど、あんまりおらにはいい言葉に聞こえないね。ものはいいようだろ。」
「うーん。・・・、確かに。」
「ごくごく健康体の人が、例えば『テレビのリモコンを取ってくれ』といえば、自分のほうがリモコンに近ければとってあげますよね?」
「でも、上記のいう『介護』でいえば、残存能力をいかすために、リモコンはとらず、自分でとってくださいと促すことになるんですよ。たかがリモコンごときで、残存能力がいかせるのか、はたまたリハビリかといえば怪しいところなのにです。」
「それは、施設という特殊な環境だからだろうさ。」
「ずばっと言ってくれますね。老人施設という環境とくくればそうなりますよね。でもそれを全員に強要する、利用者全員中全員に『リモコンは自分でとってください』と言ってしまうような施設って、なんだか殺伐とした施設だと感じませんか?」
「そこには線引きが必要だと思うのかい?だから親切と甘えの話をしているんだね。」
「なら親切というのは、職員次第、甘えは高齢者の利用者次第ということでいいんじゃないの?」
「そうしてしまうと、その場にいる介護職員によって、頼みやすい人、頼みにくい人とという差ができてしまうんですよ。」
「私が介護職員だった頃は、私がフロアにいたら、ナースコールがひっきりなしに鳴ってたんです。なんてしんどいんだと思って同僚に聞いたら、その同僚の時は全然ナースコールが鳴らないというんですよ。しかも、主任が担当の時はもっとナースコールは鳴らないと聞きました。」
「利用者さんには、ヌーソさんは言いやすい人だったということね。」
「つまりそういうことになります。職員によっては出したり引っ込めたりする親切が、利用者側からは甘えやすい人、甘えにくい人の判断基準になるんですよね。」
「私は、全利用者さんとのかかわり方を一定した態度に心がけました。当たり前のことですけどね。でも、私の同僚も本人の中で、一定したかかわり方をしていました。私とその同僚の差というのは、親切か親切じゃないかになってくるわけです。」
「うーん、親切と甘えってなんだかわからなくなってきたよ。難しく考えるねー。」
「ネットを調べてみると・・・、
親切と優しいの違いは、
相手の身になるため、思いやりをもって人の為に尽くす・・・親切
他人に対して細やかな思いやりのある、好ましくない影響を与えないこと・・・優しい
・・・とありましたよ。」
「余計わかんないよ?」
「最後まで聞いてください。そして、親切というのは
慣れ親しんで、人懐っこくする、またはわがままをいう
ことだとされています。」
「優しいは思考であり、親切と甘えは『行動』だということでしたよ。」
「ふーん、行動ね・・・。」
「福祉施設って、『利用する人がその人らしく暮らせる』なんてよくパンフレットで出るけど、それって利用する側のエゴを押し通せるか通せないかということだよね。」
「甘えをエゴという言葉でくくるのもどうかと思うけど、最期が近づいている高齢の身で、あんまり冷たいことされるのも嫌になるね。」
「先ほど話した、私と私の同僚の話ですけど、利用者全員に一定の距離、ルールでかかわるということ自体が、冷たさを感じさせるのではないかと思うんですよ。」
「バイステック7原則にある、個別化の原則と、統制された情緒関与の原則って相反するところがあって、特に統制された情緒関与の原則が介護職員の行動を余計に冷たく感じさせているんじゃないかと思うんですよ。もっと個別化の原則が強くてもいいのではないかと。」
「人と人とのかかわりなんだから、うまくいく人とうまくいかない人の差をそのバイステック7原則では埋められないと思うんです。一定の距離間ではない介護職員たちがその施設の特色を生み、その利用者にとってのいい施設、悪い施設・合わない施設が生まれてもいいじゃないかと。」
「もちろん自由に施設を選べたらの話になりますけど。」
「最後難しくてわからんかった。」
「えー。」